
政子と頼朝、ふたりの都
鎌倉は、ひと組の夫婦から始まった
章ごとに約1分の語りが、その場所で流れる iPhone アプリの物語です。
歩く前に、わたくしたちのこと。
わたくしは北条政子。伊豆の流人だった源頼朝の妻であり、のちに尼将軍などと呼ばれた者です。
これからあなたが歩くのは、西暦1180年、平安の世が終わろうとする頃、鎌倉時代のはじまりの街です。夫とわたくしは、日本で初めての武士の都をここに築きました。恋の始まりは、親に反対された身分違いの縁でした。少し照れますが、それでもわたくしは、あの人を選んだのです。
二人で都をつくり、子を育て、やがてわたくしは夫にも息子にも先立たれました。それでもこの街を守り抜いた約45年の物語が、鎌倉の駅から歩けるほんの狭い場所に、すべて残っております。
夫が、身ごもったわたくしのために造ったと伝わる道があります。なぜ八幡宮へ近づくほど道が細く見えるのか。二人の都のはじまりとなった宮では、いったい何が終わったのか。わたくしたちが暮らした御所は、いまどこにあるのか。先に逝った夫へ、残されたわたくしは何を祈ったのか。その答えは、どうかその場所で確かめてください。いつもの観光地が、ふたりの暮らした街に変わりますように。
最初の一歩を踏み出したら——800年ほど前の風が、そっと隣を歩きます。
駅から段葛を通って、八幡宮と東の谷へ。
JR鎌倉駅 東口から歩きはじめ、章の順にめぐります。
番号の順に歩きます。現地では、アプリが次の章まで道案内します。
5つの章
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01 ・ 駅から徒歩5分段葛(二の鳥居)
だんかずら(にのとりい)1182 — 夫が妻に贈った道この道は、まだ生まれていない一人の赤ちゃんのために造られた。
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02 ・ 前の章から徒歩15分鶴岡八幡宮
つるがおかはちまんぐう1180 — ふたりの都のはじまり頼朝がこの社を「都の中心」に据えたとき、夫婦の物語は街になった。
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03 ・ 前の章から徒歩10分大倉幕府跡(石碑)
おおくらばくふあと1180-1225 — 夫婦が暮らした場所いま小学校が建つこの場所に、ふたりの御殿があった。
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04 ・ 前の章から徒歩3分源頼朝の墓(法華堂跡)
みなもとのよりとものはか(ほっけどうあと)1199 — 先に逝った夫へ政子より26年早く逝った夫は、都を見下ろす小さな山の上に眠る。
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05 ・ 前の章から徒歩20分寿福寺
じゅふくじ1200 — 残された妻の祈り夫を亡くした翌年、政子はなぜ「夫の父」の屋敷跡に寺を建てたのか。
その場所に立つと、聴こえる。
この一段高い道を、覚えておいでですか。時は寿永元年——西暦でいえば1182年のこと。夫、頼朝どのが、由比浦から八幡宮へまっすぐに道を通し、その真ん中に土を盛り、葛石を並べてくださった。わたくしのお腹に子がおりましてね、無事に生まれてくれるようにと、祈りを込めて造った道だと聞かされたときは……正直、少し照れましたよ。
つづきは、アプリで。第1章は無料です。
この物語に出てくる人





所要・料金・行き方
- 起点
- JR鎌倉駅 東口
- 所要
- 徒歩3km・約1.5時間
- 拝観料
- 拝観は志納のみ(実質無料)
- 行き方
- 東京駅からJR横須賀線で約55分(鎌倉駅)
Sources寺社・自治体などの公式資料にもとづくノンフィクションです。
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