
五稜郭、海に負けた星
敗れた者たちの、最後の8日間
章ごとに約1分の語りが、その場所で流れる iPhone アプリの物語です。
歩く前に、この星のこと。
星の形をした城が、海に負けた——そんな話から、この旅は始まります。
時は幕末、1864年、元治元年。外国の軍艦が日本の海に迫っていた時代です。箱館の役人・堀利熙(ほりとしひろ)は考えました。海の近くの役所では、艦砲の一撃でひとたまりもない。だから城を、海から3キロ以上も離れた内陸へ移そう——当時、大砲が届く距離は3キロほどとされていたからです。設計したのは蘭学者・武田斐三郎(たけだあやさぶろう)。どの方向から攻められても撃ち返せる、五つの角を持つ星形の城でした。
ところがこの城は、完成からわずか数年後、日本人同士が争う最後の戦場になります。旧幕府軍の総裁・榎本武揚と、新選組から来た土方歳三。彼らはこの星の中に立てこもり、遠ざけたはずの海からの一撃に敗れていきました。
なぜ、海から3キロも離れた城が、海に負けたのか。その答えは、これから渡る橋のたもとに、敗者の政庁となった役所の中に、土方が最初に踏んだという裏門橋の上に、そして最後に登る塔の展望に、少しずつ分けて置かれています。答えは道の途中では明かしません。最初の一歩を踏み出したら——あなた自身の目で、確かめていきましょう。
一の橋から郭内を抜けて、塔の上へ。
市電「五稜郭公園前」から歩きはじめ、章の順にめぐります。
番号の順に歩きます。現地では、アプリが次の章まで道案内します。
4つの章
-
01 ・ 駅から徒歩13分一の橋・半月堡
いちのはし・はんげつほ幕末 — 外国船から守るための、五つの星三角の土塁は、五つ造るはずが一つしか完成しなかった。
-
02 ・ 前の章から徒歩4分箱館奉行所
はこだてぶぎょうしょ明治元(1868)年 — 敗者の政庁になった役所時を告げるための塔が、敵の照準になった。
-
03 ・ 前の章から徒歩4分裏門橋
うらもんはし明治2(1869)年 — 海と陸から、同時に五稜郭にはもともと、五つの橋があった。
-
04 ・ 前の章から徒歩9分五稜郭タワー
ごりょうかくタワーいま — 塔の上から、答え合わせここに立つと、歩いてきた線が、初めて形になる。
その場所に立つと、聴こえる。
3キロ。この城が海から離れて置かれた距離です。時は幕末、安政4年——西暦でいえば1857年、着工の頃のことです。なぜ3キロなのか。当時の外国船の大砲が届く射程が、およそ3キロとされていたからです。箱館奉行の堀利熙は、海辺の役所では「ひとたまりもない」と幕府に移転を上申(じょうしん)しました。届かない場所へ、逃がす。距離は逆算の産物でした。
つづきは、アプリで。第1章は無料です。
この物語に出てくる人




所要・料金・行き方
- 起点
- 市電「五稜郭公園前」
- 所要
- 徒歩約2.4km・約2時間
- 拝観料
- 箱館奉行所500円+五稜郭タワー1,200円
- 行き方
- 函館駅前から市電で約15分、「五稜郭公園前」下車。北東へ徒歩約12〜15分で一の橋に着きます。
Sources寺社・自治体などの公式資料にもとづくノンフィクションです。
函館市/五稜郭の歴史(築造から大政奉還)(公式) / 函館市/五稜郭の概要(公式) / はこぶら 半月堡(函館市公式観光情報) / 函館市/日本三大トンボロを活かした観光コンテンツについて(公式) / 函館市/五稜郭の歴史(箱館戦争から現在)(公式) / 箱館奉行所/箱館戦争の7か月(公式) / 箱館奉行所/復元(公式) / はこぶら 兵糧庫(函館市公式観光情報) / 函館市/裏門橋通行止め解除のお知らせ(公式) / はこぶら 裏門橋(函館市公式観光情報) / 五稜郭タワー/施設案内(公式) / 五稜郭タワー/料金・営業時間(公式) / 国立国会図書館 近代日本人の肖像/黒田清隆(公的機関) / 南北海道の文化財/碧血碑(公的団体) / 函館市/五稜郭公園ほかのサクラについて(公式)